大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和58年(し)124号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意のうち、憲法四〇条違反をいう点は、実質は刑事補償法の解釈、適用の誤りをいう単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、いずれも刑事補償法一九条二項の抗告理由に当たらない。

なお、本件において、不起訴となった窃盗事件により申立人が逮捕、勾留された期間を、実質上、無罪の裁判を受けた爆発物取締罰則違反事件による抑留又は拘禁に当たると認めることはできないとした原判断は正当である。

よって、刑事補償法二三条、刑訴法四三四条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官林藤之輔の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官林藤之輔の補足意見は、次のとおりである。

本件抗告趣意第一の要旨は、申立人が不起訴となった窃盗の被疑事実により逮捕、勾留された期間が、起訴され無罪となった爆発物取締罰則違反の被疑事実の取調べに実質上利用されていたにもかかわらず、原決定が、右期間を爆発物取締罰則違反の事実の抑留又は拘禁に包含させるのは相当でないとし、その部分につき刑事補償請求を排斥したことを論難するものであり、私も原決定を是認する法廷意見に同調するのであるが、この論点について、私の考えるところを述べておきたい。

原決定は、昭和三一年一二月二四日大法廷決定・刑集一〇巻一二号一六九二頁を引用して、「不起訴となった事実についての逮捕、勾留であっても、これを利用して、後に起訴されたが無罪となった事実の取調べがなされたと認められる場合または、これと同視するのが相当な特別の事情がある場合には、実質的に考察して、各事実につき各別に逮捕、勾留して取調べた場合と何ら区別すべき理由がないから、その限度において、右逮捕、勾留期間も刑事補償の対象となりうると解するのが相当である。」旨を判示するが、もとより正当であり、異論は考えられないであろう。

問題は、他事件の逮捕、勾留を利用して無罪となった事実の取調べがされたと同視すべき特別の事情とは何を指すかにある。

ところで、本件における爆発物取締罰則違反事件(いわゆる警視総監公舎爆破未遂事件、以下「爆破未遂事件」という。)と窃盗事件(東京都千代田区麹町二丁目付近路上で交通事故に遭った普通乗用自動車にかかる盗難事件)の捜査の経過は次のとおりである。

爆破未遂事件の捜査に当たっていた警察官は、申立人を同事件の容疑者として内偵を進めていたところ、同事件発生の約二か月前に、警視総監公舎近くの麹町二丁目付近路上で盗難車を被害自動車とする交通事故が発生し、同車に乗っていた二名の男が自動車を遺留したまま現場から立ち去ってしまったとの聞き込みを得た。警察官は、事故発生場所が警視総監公舎に近いところであったことから、右の自動車は警視総監公舎の下見を行っていた際、事故に遭ったのではないかとの疑いを抱き、事故関係者に申立人らの写真を見せるなどの面割り捜査を行った結果、前記事故関係者から、前記盗難車に乗っていたのは申立人と二瓶一雄の両名であったとの供述を得た。そこで爆破未遂事件の準捜査本部は申立人と二瓶を窃盗事件で逮捕し(引続き勾留された)、二瓶の自白に基づき須藤正ほか三名の者を共犯者として同窃盗容疑で相次いで逮捕し(引続き勾留された)、申立人は処分保留のまま釈放されたが、その余の五名の者は自動車窃盗の事実で起訴された(なお、申立人が釈放されるまでの間、申立人及びその余の者については、窃盗事件に関する取調べのみが行われた。)。申立人の右釈放後、二瓶については窃盗事件の起訴後の勾留中に、また須藤については同事件の起訴前の勾留中に、警察官による爆破未遂事件の取調べが行われた結果、同人らが同事件について自白をし、これらの自白に基づき申立人は同事件の容疑で再逮捕、勾留され、起訴された。

このような捜査の経過によると、窃盗事件と爆破未遂事件の関係は、原決定も指摘するように、警察官が爆破未遂事件の下見に前記盗難車が使われたのではないかとの疑いを持ち、両事件が関連する一体のものではないかという見込みのもとに窃盗事件の捜査に着手し、その解明を糸口として爆破未遂事件の捜査を進展させようとしたものであることは明らかである。のみならず、現実に、捜査はこのような捜査官の見込みどおりに進行したのであり、窃盗事件の捜査に当たり、犯行に関与した者を割り出し、窃取した自動車の使用目的やその利用状況を究明することが、爆破未遂事件の犯罪計画の全貌を解明する重要な手掛りとなり、申立人の同事件についての起訴に結びついたのである。

右にみたような窃盗事件と爆破未遂事件との関係に着目すると、本件は、窃盗事件による逮捕、勾留を利用して爆破未遂事件についての取調べがされたと同視すべき特別の事情があった場合であるとする趣旨の所論も理解できないわけではない。

本件においては、窃盗事件による拘禁中の段階で捜査官が同事件の捜査を爆破未遂事件の捜査に役立てようという意図を有していたことは疑いのないところであるし、また現実に行われた捜査の結果も右の意図をほぼ裏書するものであったといってよいであろう。しかし、そうであるからといって、当時逮捕、勾留の理由と必要の明らかに存した窃盗事件による拘禁が直ちに爆破未遂事件にも実質的に利用されたとみるのは、相当と思われないのであり、私は、このような爆破未遂事件についての実質的利用関係を肯定するためには、やはり、同事件の具体的事実関係についての捜査、それも核心に迫る捜査が行われていることが必要であると考えるものである。そして、ここで核心に迫る捜査というのは、例えば、いわゆる地取捜査、物的証拠の検討など、通例そのような捜査のために被疑者の逮捕、勾留が必要になるとは考えられない捜査のみでは足りないということであり、換言すれば、一般に被疑者を逮捕、勾留した場合に当該被疑事件について行われるようなものであって、右事件につき、できる限り早く起訴、不起訴等の処分を決するために必要とする捜査でなければならないと考える。被疑者取調べが行われていれば、原則的にこのような捜査であるといってよいが、被疑者取調べがなくても、共犯者、目撃者、被害者等の取調べが右のような目的のもとに行われている場合も同様に解してよいと考えるのであって、このような捜査が行われることにより、はじめて不起訴となった事実に対する逮捕、勾留が無罪となった事実のそれと同じ実質的効果を持っていたものと評価できるからである。

本件についてこれをみると、確かに窃盗事件と爆破未遂事件との間には先にみたような関連性が認められるものの、窃盗事件により申立人を逮捕、勾留していた期間中に、申立人を爆破未遂の事実について取調べ、また、同期間中、申立人に対する抑留又は拘禁を利用して、右の事実につき共犯者等を取調べるなどの重要な裏付捜査が行われた形跡は見当たらない。

従って、右両事件の間に関連があることのみで、申立人に対する窃盗事件についての逮捕、勾留を、爆破未遂事件についての抑留又は拘禁と同視して刑事補償の対象とすることはできないと考え、私は、法廷意見に同調した。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 牧 圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島 昭 裁判官 林藤之輔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例